就活のハナシvol.7
注)これは昨年、どこぞに書いたモノの転載です。
現在とは事実関係が異なることもあるかもしれませんが、いじらずそのまま掲載します。
あと、ラジオサイトの担当の方に、「バックナンバー原稿届かないから写真だけUPします」
と言われてしまいましたので、バックナンバーは多分週明けとか?みたいな?
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『自分探し』という名の現実逃避。
そのブームも定着して結構たちましたね。
現実から目を背けても、とりあえずは餓死しないで生きていける。
日本はそういう意味でとても恵まれた国です。
僕がやったことは、『自分探し』だったんでしょうか。
そうかもしれません。
お恥ずかしい限りです。
俺のやりたいことって、何だっけ?
俺って将来の夢、あったっけ?
俺の人生、これでいいのか?
生来持ち合わせていた『引きこもり気質』が、
久しぶりに顔を出しました。
東京でのTOEIC研修から数日。
外界との連絡を完全に遮断して、
部屋に引きこもりました。
多分丸2日くらいかな。
彼女への言い訳が結構大変でした。
東京にいたときでさえ、夜はニャーニャー電話してましたから。
それが翌日からいきなり電話に出なくなる。
ワケわかりませんよね。
僕は、彼女に理解して欲しいとは思っていなかったのか。
極論すれば、そうだったのかもしれません。
彼女のことは大好きでしたし、多少なりとも結婚を意識した瞬間が、
何回かあったんじゃないかと思います。
でも、自分の心の闇を分かち合おうとは思わなかった。
考えた末に決断したわけじゃありません。
最初から最後まで、そうでしたね。
例え別れに至ろうとも、誰にも触れられたくない部分が、
僕にはありました。
部屋にこもって考えても、答えは出ません。
答えが出ないというか…踏ん切りがつかなかったんでしょうね。
3日後、煮詰まってバイトに行くことにしました。
特に何事もなくバイトを終え、家に帰り、
メシを食って、風呂に入り、家族が寝静まり。
僕は久々に、テレビの前に座って、
いつものように、MTVとスペシャをカチカチやり始めました。
カチカチカチカチ。
就職すんの、やめよう。
多分、このまま銀行員になったら、後悔する。
だからって、自分がどうなりたいのか、
はっきりと決めたわけじゃないけど、
その後悔しているビジョンだけは、なぜかくっきり見える。
やめ。就職、やめ。
答えが出るまで、就職、やめ。
僕がしたことは、『自分探し』という名の、現実逃避でしょうか。
多分、そうです。
さて。
彼女に電話するか。
先に親に言えよ、俺www
とりあえず、あんまりやめる言い訳も良く考えずに電話。
「就職やめる」
「え~!!! もったいない!! 何で?」
「冷静になったら、俺銀行員向いてないなーと思った」
「…就職やめてどうすんの?」
「俺現役やし…就職浪人しても、まあいいかな」
「大学教授とかなればいいのに。
サラリーマンより、そっちのほうが絶対向いてるもん。
教授の奥さんとか、ちょっと楽しそうやしw」
教授ね…僕もサラリーマンよりは教授のほうが、
気質としては向いてる気がする。
1人で好きな研究を好きなだけして、たまにやる気のない講義して。
飽きたら家に帰って、奥さんとお茶でも飲んで、
本読んで、寝る。
さすが僕の彼女。誰も捉えられなかった僕の本質を、
なかなか良く捉えられてます。
でも、教授になりたいとは全く思わない。
本質ではあるが、本質の一部でしかない。
まあともかく。彼女が表面上とは言え、受け入れてくれてよかった。
やや拍子抜けするくらいの受け入れ態勢でした。
『ってことは、あと1年好きなときに会える』と短絡的に思ったのも、
あったんでしょうね。
正直、嫌われてもしょうがないなと思ってたんで。
さて、親に言うか。
言いました。
現実味のない話で、
彼らにとっては、なかなか受け入れづらかったことでしょう。
辞める理由も良く分からない。
何を考えているのか良く分からない。
価値観が良く分からない。
分かることは、多分自分たちの言うことに、
息子は耳を貸さないだろうなってことだけ。
信頼関係なんてない。
ただ、世間体としての『カゾク』のカタチを保ちたいだけ。
僕は、母親には愛情を感じますが、
特に当時、父親に対しては親愛も尊敬も、カケラも抱かなかった。
ファザコンなのかもしれませんね。
マジメにコツコツと生き、社会のルールとマナーを遵守し、
地道に結果を積み上げて今の地位を築いた男です。
冒険ができない。ハメを外せない。
己の魂を叫ぶことができない。する意志もない。
僕だって彼に分かってもらおうとは思っていません。
ただ、決定事項を伝えただけです。
就職するのを辞めます。
就職浪人して、来年もう一度、活動し直します。
以上。
今振り返れば、悪いことしたなーと素直に思いますが、
今は今。あの時は、あの時。
仕方ない。
さて。面倒な作業は、まだ残っています。
B銀行に、内定辞退を伝えなくてはいけません。
こわ。
もう9月になろうとしています。
10月を越えると、正式に書類を交わして、
来年からこの会社で働きます、という契約が成立します。
10月を過ぎれば、契約不履行で銀行から訴えられる可能性も、
あるわけです。(まあめったにやらないとは思いますが)
人事に電話しました。
やめると伝えました。
電話じゃなんだから、直接話そうと言われました。
次の日朝から出かけました。
小さな応接室に呼ばれ、座らされました。
そこから10時間。軟禁状態です。
延々説得が続きます。
色んなおじさんから兄ちゃんから、入れ替わり立ち代り。
ある人は情に訴え、ある人は声を荒げ、ある人は僕の人格否定を始め、
ある人は、内々定でも契約不履行で訴える事は可能だと言い、
ある人は、来年就活やってたら絶対に許さないと言い。
何度心が折れそうになったことか。
でも、今さら元には戻れない。
ゴメンなさい。ありがとう。さようならB銀行。
疲れた。
ここまでしてやめる必要あったかしら?
…あとになってみれば不思議なくらい、
何も見えないモヤの中に向かって、僕は突き進んでいました。
やりたいことなんかないくせに。
辞めたからって何をするわけでもないくせに。
何が僕を突き動かしたんでしょうか。
とにかく、やめるための行動力は、相当なもんでした。
さて。
1年間の自由を手に入れました。
自由、ではありませんね。
正確に言うと、モラトリアムです。
目的もなく就職をやめたわけですから、
やめたからといって、何をすればいいのか、全く見当も付きません。
とりあえず、学費がもったいないな。
半年休学しよう。
4単位残して、後期休学。
これ、留年って言うのか?まあどっちでもいいや。
留年ケテーイ。
~続く~
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(山本佳宏)